深夜3時のかえみゆ

街の喧騒もなりを潜め、時折通る車が遠くに走り去るのを遠くに聞きながら、私は頬杖をついて卓上ライトに照らされたノートを見つめた。
書き直しと入れ替えと消しゴムのあとで埋まったそれを眺めても、嵌りそうな言葉はちっとも思いつかない。
後ろで眠るあなたを起こさないように、と下に向けたライトを調節して、なんで思いつかないんだろう、なんて思いながら似合わないのにペンを耳に挟んだりして。

ぽろっと手から離れたペンは思ったより大きな音を立てて着地を決め、心臓が揺れた。
やってしまった…と思いながらデスクライトから零れる光に淡く照らされたあなたを見る。

「……んっ……」

ちょっと鼻にかかったようなあなたの声。

次はもっと軽いペンを使うおうと心に書き留めた。
眠そうなあなたのかお。

「起こしてしまいましたか、すみません」

「いえ…随分と根を詰めているようですが…」

困ったような、心配するようなあなた。
こんな夜まで机に向かってる私なんて珍しいのだから当然ですね。デスクライトなんて使ったことあったかしら。

「締め切りが近いのにちっとも進まなくて…てんてこ舞いで参っちゃいますね」

「もう……。煮詰まったままのようですし気分転換でもどうですか」

駄洒落に笑いそうになって、すぐ真面目に戻ろうとする、そんな顔が愛しくて。
もうちょっとだけ見ていたいな、なんて思ってしまった。

「楓さん…?」

「…あ、そうですね。お願いしてもいいですか」

「ではコーヒーでも淹れてきますね」

「あ、でも美優さん明日もお仕事だって…」

「いいんです、どのみち午後からです。頑張ってるのは知ってますから。」

「ありがとうございます、すみません」

「頑張ってくださいね」

微笑むあなたが何より気分転換だなんて言ったらあなたはどんな顔をするんでしょうか。

キッチンに向かう後ろ姿を眺めて、スリッパのパタパタを聞く。

廊下から忍び込んできた冷気が足元を撫でるのを感じながら、ノートに向き直る。

自分で「次の曲に歌詞を付けたい」なんて言った手前、自分で書かなければならないのはわかっているのだけど。
半分進んで止まった筆は思ったより頑固で動かず、ここ数日は美優さんが寝ている隣で辞書とノートとにらめっこするはめになっている。

進捗を見せたら困った顔をしながら「締切にはまだ時間がありますので…」なんて言っていたプロデューサーの顔を思い出しながらペンを取った。

美優さんに出会ってから私は変わったと思う。
今日あったことを話したくなるのも、駄洒落を考えるのも。いつの間にか真ん中にあなたが居た。
あなたの考えている顔や微笑みが見たいから、その困ったような声を聞きたいから。

そうやって見せてくれるものを私から言葉でお返しできるほど私は真面目な話が得意では無いのかもしれない、なんてこともあなたと出会わなければ知らなかったかもしれない。

パチパチッというコンロの音、コトリと置かれる薬缶の音を聞きながら思いつく言葉を並べて紙にのせる。どれもいまいち。

そうしているうちにコーヒーのいい香りが鼻をくすぐった。美優さんがキッチンに立つのを聞くのも日常になったはずなのに今日はなんだか嬉しくて。

辞書もめくって羅列に付け足していく。やっぱりダメですね…。

うーんうーんと唸っていたら不意に肩にかかるあったかい感触。コーヒーの香り。

「今夜は冷えますから、あったかくしないとダメですよ」

優しそうなその声に振り向けばあなたの微笑み。
「慈愛に満ちた」とか「聖母のような」なんて言うんでしょうか。
いつか目にした仁奈ちゃんを撫でるときのその顔で私に微笑むものだから。

「熱くなった顔に気づかれないといいな」と「これで歌詞が進みそうだな」が同時に思い浮かんで、つい笑ってしまった。

その拍子に私の肩から滑り落ちた愛用のひざ掛けを掛け直しながら、

「何がおかしいんですか楓さん」

なんてちょっと困った笑顔のあなたに、この歌を早く届けたい。

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元ネタはクオリティの高すぎるかえみゆを書いてくださるおちゃまる氏のツイートから。

https://twitter.com/rjko_cha/status/709380531129978880

https://twitter.com/rjko_cha/status/709381552648507392

初めて書いたぞSS…。

pixivにも一応上げた。

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